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6月

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はじめました
6月29日(木)トリオ
ハイドンカルテットの練習日だったが、2ndVnがお休みになり、急遽トリオになった。そういう時は決まってBeethovenのトリオ曲Op.3になる。ヴィオラでもギターでも馴染みがあって、今日はチェロで楽しませてもらった。予定していたHaydn Quartet Op76−4日の出も無理やり3人弾いてみた、気が抜けたサイダ-のよう
6月30日(金)ゴルフ再開
2年半前にゴルフに行ったのが最後で、ゴルフをやらない生活が定着してしまった。きっかけはゴルフ仲間が体調を壊してしまった事。ところが9月にゴルフに行く事になってしまった。果たしてボールが当たるのか、しっかり飛ぶのか?不安いっぱいで打ちっぱなしに出かけた。まさに2年半ぶりに打ったのだが、意外にも狙ったグリーンにのった。飛距離も2年半前と変わらない。久々に良い汗をかき「よし!ゴルフを再開しよう」と練習場の会員入会手続きをした
6月27日(月)総会準備
明日は総会。と言っても株主総会ではない。オケの総会だ。決算報告と予算案の提案を請け負った。今日は書類に目を通し、要点を頭の中でまとめた。団員が増えて昨年の赤字予算から今年は黒字予算に転じたのが気分が良い
6月28日(水)ヤモリ
洗い物をしていると窓ガラスにヤモリが現れた。ガラスの内側から指で撫でて?もおとなしくくつろいでいる。我が家の小さな「森」にも食物連鎖が有るようで、先日は新聞配達のお兄さんを蛇が脅かしたらしい。色んな生物が現れる
6月25日(日)奇跡
定員600席が満席になり、ステマネが出てきて「空席が有るところ手を挙げて」とお客さんに協力を求める始末。それで完全な満席となった。我がオケ初の事でまず一つ目の奇跡。悲愴4楽章の最後の部分で、練習で一度も合わなかったところが今日本番で初めてピッタリ合った。2つ目の奇跡だ。ビデオ撮影も無事に上手く撮れたし、色々有ったが終わりよければ全てよし
6月26日(日)のんびり鑑賞
昨日は倉庫から打楽器運搬に始まり、看板・表示類、受付等の設営、ビデオ撮影等、休憩もろくに撮れずに動き回った。流石に疲れたようで、今朝は目が覚めたのが9時近かった。一日のんびり過ごし、昨日撮影したビデオのチェックを兼ねて鑑賞した。自分のボーイングについ目が行ってしまうが結構鑑賞に堪える演奏だと自画自賛だ
6月23日(金)6,23
今日は6.23沖縄慰霊の日。学生時代にはこの日を静かに過ごすことは無かった。大規模なデモが必ず有って、そのデモの中にいた。近頃の政権の動向は岸政権の亡霊に引き戻されるかのようで不安がよぎる
6月24日(土)準備
明日がオケの定演本番だ。今日はその準備で練習はもちろんだが、諸々の準備をした。いつも録画をしてくれるMさんが別の演奏会出演の為、私が録画することになっていた。ビデオカメラを最高画質に設定、バッテリーの充電、録音用のCD購入等、諸々の点検と確認をした。さらに看板や掲示物、受付グッズの準備もできた。売店でのチケット売り上げが今までで最高の売り上げとの連絡も入った。さてどうなるか?いよいよ明日だ
6月21日(水)ゲネプロ
本番が今週25日(日)だが前日の土曜日に会場の確保ができなかった。だから4日も前の今日がゲネプロだった。しかし山台も組まずいつもの練習とほぼ変わらないゲネプロだ。悲愴の最終盤の所は今日もズレズレ、結局一度たりともピッタリ合っていない。指揮者は多分諦めているのか「指摘」も「直し」も全く無し。これで本番にピッタリ合ったら奇跡だが・・・
6月22日(木)運転手
妻の定期検査で運転手をした。瀬谷区まで送る予定だったが、すぐ終わるというので、一緒に検査室を渡り歩き、待合室で待機した。「こういう時は音楽メディアを持って来るんだった」と思ったが仕方ない。予想より時間がかかり、様々な人たちのウォッチングで約2時間の暇つぶしをした
6月19日(月)歴代天皇
柄にもなく古代史に興味を持ち、血塗られた天皇家の歴史を辿っているうちに神武・綏靖・安寧・懿徳・・・・昭和・平成と125代の天皇の名前を暗記してしまった。亡き母や戦時中の子ども達が覚えさせられたというが、半認知症?の脳でも結構記憶できるものだと感心している
6月20日(火)チェロ
アンサンブルのボランティアグループの練習に出かけた。2週間ぶりのチェロだ。嬉しいことに今日はチェロの応援が来てくれた。8月の内部演奏会に私が出られないため、代わりに弾いてくれるという事だった。隣からとても美しい音が聴こえていいのだが、2人になると急に「仕事」が増える。「ボーイングが逆」「hの音が濁った」「タイミングがずれた」なんて意識することが多くなる。一人が楽だなあ
6月17日(土)搬出
夕方、16号から桜木町経由で本町通りまで車をとばした。ハマ展の歴代協会賞受賞者展の最終日で搬出だった。終了15分前に到着して、見せてもらった。ところが5分もしたら撤収が始まった!?「間に合ってよかった」
6月18日(日)招待券
都筑オケ第30回定期演奏会が次の日曜日に迫って来た。ところが今日電話が入った。「花トピアのポスターを見た、招待券がいただけるのか」という内容だった。早速招待券を3枚お渡しした。今回はこれで48枚配った。まだ2枚残っている
6月15日(木)車検
朝一番に都筑区のディーラーまで車検で車を預けに行った。できるだけ車に頼らないで動くように心がけては居るものの、車庫に車が無いと寂しい気がする。「早く帰ってこい」やっぱり車人間なんだ
6月16日(金)車検完了
夕方車検が終わって、愛車を引き取って来た。撥水洗車をしてもらい、自分の車じゃないくらいピッカピカ!室内も綺麗にしてもらった上に、エンジン音もブレーキも絶好調で、新車のような乗り心地を取り戻した
6月13日(火)ポスター更新手続き
センター南駅前スキップ広場掲示板の更新手続きをしてきた。有効期間が2週間なので、本番まで有効だ。今日で5回目、最後の更新手続き、毎度の事ながらカッタルイ仕事だ。ただ万歩計は8000歩を刻んでいて、運動不足解消の手助けにはなる
6月14日(水)悲愴
オケの練習日だった。来週がゲネプロ・本番ということで、練習も大詰めだ。メインの悲愴は1楽章冒頭部分と、4楽章終わりの部分がコンバスにとっては相変わらず悩ましい部分だ。今日も悩ましいまま終わった。まだ一度も完ぺきにできた事が無い。いやはや
ここをクリックすると聴かれます

6月11日(日)龍宮ギタ−トリオ
龍宮ギタートリオの練習に出かけた。今日の新曲はポンセの三つのメキシコ民謡だった。私は今日も初見で楽しませてもらった。セゴビアClassicAlbam第4巻のソロ譜をリーダが3重奏に編曲したという。見せられた曲集の表紙に見覚えがあった。帰宅して楽譜棚を探したら、全16冊が埋もれていた。やる気だけは有った時代の楽譜だ
6月12日(月)ハマ展
妻の日本画作品の搬入で中区の「仲通りギャラリー」まで車を飛ばした。今日から始まる「ハマ展歴代協会賞受賞者展」への出品だ。ついでに紅葉坂から市民ギャラリーへ足を延ばして「ハマ展会員会友展」の最終日を見て来た。日本画は100号・120号の力作が並び、会員の心意気が感じられた。ただ春の院展サイズが数多く並び、他に出した作品を使いまわしている気配が多分に感じられた
6月9日(金)シルバーカルテット
今日はシルバーカルテットの練習日で、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第2番Op.18-2の初合わせだった。1番と4番は聴きなれているが2番は馴染みが薄い。我々にとっては中々手ごわい。それでも練習を繰り返しながら全体像が把握できて来た。いつものコメダでお茶会、これも貴重な時間だった
6月10日(土)あんだんて
アンサンブルあんだんての練習に出かけた。4月の演奏会を聴いたという方がお試し参加という事できていたが、ピアソラのアディオスノニーノが良かったと声をかけて来た。「素晴らしくてあの時会場でどよめきが起きていた」のだという。お世辞半分にしても嬉しいお話だった。午前中はいつもの全体合奏で、午後から順番待ちで、カルテットの練習を楽しんだ。ボーイング合わせもしていよいよ本格的になった
6月7日(水)オケ
オケの練習日で、今日も「全曲通し」とされていたが、始まってみれば細かい丁寧な練習だった。しかし「悲愴」を弾くとへとへとになる。管楽器の人達は、弦楽器の比ではないらしい。今回「アンコール曲」無しというのは納得だ
6月8日(木)楽譜
先週のオケで、ライブラリアンから次回の楽譜が配布された。昨日トップからそのコピーが配布された。本番が近くなると、次の定演の準備があちこちで始まる。今日はその楽譜の製本をした。そして3曲のスコアを注文した。ブラ3、フィガロ、モーツァルトのオーボエ協奏曲だ
6月5日(月)植木屋さん
我が家のケヤキとエノキが大木になって2階の屋根を遥かに超えて手に負えなくなった。近くの植木屋さんにお願いして今日来てもらった。スイスイ登っていくプロの技に驚かされた。この大木たちのおかげでクーラー無しで過ごせたのだが、スッキリしすぎてこの夏はどうなることやら
6月6日(火)試し弾き
久しぶりにチェロを積んでボランティアグループの練習に出かけた。今日は秋の演奏に向けての曲選びで、候補曲を片っ端から試し弾きをして初見を楽しんだ。響きが良い施設で気分も上々。決定した秋の曲のスコアを持たされて、パート譜つくりをつい請け負ってしまった。今週は忙しいのをつい忘れていた
6月3日(土)広河原
今朝は快晴で北アルプスが絶景だ。左手に槍のピ−クも見えた。今日から通行止めも解除になり、朝から車がドンドン上がっていく。鎌池へのル−トはまだ除雪されず、今日は登山口から広河原の散策に決めた。大雪の冬だったが予想外に雪解けは進んでいて、危険な場所が随所にあり、まず私が踏み抜いて小川に落ちた。胸まではまり抜け出すのに一苦労、妻も帰りに踏み抜いて腰まではまって救出した。中途半端な雪解けで完全に時期を誤った。「チャッピ−の木」の前にある標識はこの時期たいてい頭まで埋まっているが、今年は大分頭を出している。でこの差が危険を生む。駐車場に引き上げたら轟音がとどろいた。大きな木が雪解けで跳ね上がったらしい。これも危険だ
6月4日(日)ライトが出迎え
今朝の小谷村は気温7℃で寒かった。日曜日とあって、山菜泥棒対策は村にとっては重要事項らしい。その取り締まりの仕事で思いがけずNさんに出会った。地震以来だ。3泊4日の小谷村を後にして帰宅の途に就いた。渋滞もなく5時間で横浜に到着。気温は28℃、何と21℃差だ。車から荷物を物置に運んでいると、お隣のライトが宝物をくわえてお出迎えをしてくれた。ライトは可愛い
6月1日(木)小谷村
朝7時過ぎに出発して昼過ぎに小谷村に入った。1時前に雨飾荘に到着した。雪はほとんど見当たらず拍子抜けだ。しかし雨飾荘から上は通行止めになっていた。残念ながらこれでは何処へも行かれない。今日は休養することにした。窓から見える新緑が美しい
6月2日(金)登山口
明日から雨飾山登山口駐車場まで入れるようになる。その準備にK林さんが上って行った。頼み込んで通してもらい、登山口から広河原の残雪を下った。ところが大雨と強風に見舞われて途中で断念して一旦引き返した。午後から再びチャレンジしたものの、再度雨が降り出し、妻は車内からスケッチを始めた。私は持ってきたショ−トスキ−を試みるが長靴とビンディングが上手く合わずあえなく断念!甘かった残念無念。夜は雨飾荘貸し切り状態、こういうのは何年振りだろうか


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