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10月31日(水)楽譜作り
従姉の後始末が一段落した。農作業に出たいのだが、体力の回復が今一で朝の寒い時間に出る自信がない。それで家に隠って楽譜作りに精を出した。トゥッティの来期の希望曲提出の締め切りが今日なのだ。バタバタ忙しくて何も用意していなかった。私が大好きなBachから最晩年のFugaの技法を提出することにした。縦の線が合わないのは想像がつくが、こういう曲がきっちり合わせられなくては、何をやったって難しい!譜割りと譜読みの練習を強調して無理矢理提出しよう!と言うわけだ。それで手持ちのパート譜からスコアを作った。あとは全てPDFにして担当者にFileを送った。3週間後に楽しい「試し弾き」があるのだ。来期無理でも試し弾きで楽しむ事ができるというわけだ。Bach64歳の作品で、今の私と同い歳、今年やるのに意味がある?というのは私だけか
10月29日(月)シャブシャブ
昼から、Quoカードの買い付けに出かけた。ネットで調べたマルエツに行ったら、5百円、千円、3千円の3種類だった。それで、千円のカードを買い占めた。次に近くのセブンイレブンへ行くと、3千円、5千円、1万円の3種類。購買層のターゲットが違うらしい。1万円券が全部揃った。5千円券を買い占めたが、あと1枚足りない。近くのローソンで5千円券が見つかった。さて残るは2千円券だ。ファミリーマートに2千円券が有る事がわかったが、最終的に中山コメダ前のファミリーマートで購入出来た。すっかり日も暮れて、近くのバーミアンで夕食になった。ちょっと豪勢に「シニアシャブシャブ」を食べた。たまには肉も良いものだと実感した。さて夜は、発送の作業だ。このところこの作業にかかりっきりだったのだ。これが大変だから香典を無しにしたのに、供花をまるで生き甲斐のように集める人がいるので、困ったものだと、恨みがましいことも言いたくなる
10月30日(火)礼状発送完了
10:00からトゥッティのボランティアグループの練習に出かけた。これはチェロなのだ。本体ではビオラに移ったが、ボランティアはチェロを弾くことになっている。このメンバーの多くはメトロノームが苦手で、走る・遅れるは日常茶飯事、実に弾きにくい。メトロノームやチェロのリズムに乗っかるような弾き方にはならないのだ。結局メトロノームを止めて、不安定な旋律に、チェロがリズムを合わせるような合奏になる。なかなか辛いものがある。帰り道に郵便局に寄り、葬儀関係のお礼状を発送した。73通、このところかかりっきりになっていたのだが、発送が完了して、ようやくスッキリした。浦和のお墓の関係で石材店から電話が入った。「お墓に戒名を刻む」ことに話が付いた。1つ1つ済んではいくが、まだまだ先が長い
10月27日(土)ダブル
昼から、チェロ・ビオラ・ギターの3つを積んで出かけた。1時からトゥッティのボランティアグループの練習だ。これはチェロで参加しているのだが、昨日チョコッと書き換えた譜面をPDFにして、メンバーに送っていた。その練習が楽しみだった。「フムフム案外良いジャン!」得意の自画自賛だ。2時からトウッティ本体の練習で、これはビオラだ。今日は4時まで、2ndViolinと合同でパート練習だった。R治先生にみっちり指導を受けた。そして4時からドッペルコンチェルトのソロ合わせだ。嬉しくて嬉しくてつい顔もほころぶ。始めチビチビ同じフレーズを何回も弾かされたが、「演奏時間を測りたい!」という代表の声に「シメタ!通せるぞ」と思ったのは私だけか。結局全楽章通した。それで珍しく6時まで参加した。で終わってみればグッタリして全身に疲労感が走る。「ギターは休ませてもらおう!」ということにした。身体がヤワになったもんだ
10月28日(日)位牌
昨日、お寺から従姉の「院号がついた戒名」が届いた。今日は早速、位牌の購入と戒名の記入の為に、葬斎場の仏具屋さんに出かけた。父親の位牌はやたらに大きい。母親の位牌のサイズを測って行ったのだが「親の位牌より大きくするのは感心しない」と言うのが仏具やさんのアドバイスだ。母娘2代の宝ジェンヌなので、結局、母と全く同じサイズの位牌に決めた。完成は2週間後らしい。49日には十分間に合う。後、残っている仕事は葬儀で頂いた供花のお礼だ。ようやく、その氏名・住所一覧が判明した。グループでの供花も含めて、34もの供花があった。人数にして60名を越える。そのお礼に何をしようかと思い悩んだあげくに、Quoカードにした。お礼状に同封すれば簡単だからだ。それであちこちのコンビニで、Quoカードを買い占めてきた。1万円のQuoカードもあったから驚きだ。
10月25日(木)リサイクル
我が家の玄関口に山積みになっていた荷物を少し処分した。人が通るのがやっとで、コントラバスを運ぶのが一苦労だった。今日木曜日は「古布」リサイクルの日。思い切って衣類をまとめて出した。回収業者がトラックに丁寧に積んで、運んでいってくれた。「きれいな衣類」というのが一目でわかったようだった。空いた衣装ケースをリサイクルショップに持っていった。これまでの経験から、お店の人は「手数料を取ろうとする」だから、「いくらかで引き取れ!」という姿勢を無言で示した。若い従業員が申しわけ無さそうに「無料です」という。「まあいいか」と言い残して帰って来た。おかげで我が家の玄関は少しだけ荷物が減った。コンバスは通りやすくなった
10月26日(金)楽譜製本
昼前に新横浜の葬斎場に出かけた。葬儀の支払いも完了し、物品の返済も全て完了した。こうして1つ1つ済んでいくが、まだまだ残務整理は残っている。気分を変えて今日は都筑区の文房具屋さんに向かった。オケの新譜を用意しなければならないのだ。6曲分とアンサンブル7曲分で合計59枚のコピーをした。帰宅してから、早速製本作業に入る。来週がベートーベン交響曲第2番の譜読みで、しばらく楽しい日々が続くか?
10月23日(火)モンスター
昭和60年の夏、丹沢すそ野の障害者施設に研修に行った時、頭痛がひどくてバファリンを飲んだ。その時、顔中が腫れ上がり、同僚に「モンスター」と言われた。その日からいろんなアレルギーが顕著になった。昨日、抗生剤を飲んだら、あの時と同じモンスターになったのだ。上瞼は腫れ上がり、目の下が膨れあがった。しかし、下痢は改善に向かった!水分もしっかり吸収してくれるようになり、便も塊らしくなってきた。細菌性の下痢だった事は間違いない。モンスターは我慢しよう。今晩あたりには普通食が食べられるかもしれない。
10月24日(水)戒名
抗生剤の副作用でやや不快感があるものの、下痢は終息に向かっている。まだ農作業への復帰は自信が無いが、従姉の残務処理を再開した。先日、お寺から戒名が届いた。○○院△△△△大師という母親と同じ格の戒名をお願いしたつもりだった。ところが送られてきた戒名に○○院が無かった。真言宗はみんな院号が付くと思っていたのが間違いだった。100万という高額をいうから当然付くと思った。いろいろ悩んだが再度お願いの電話を入れた「院号を付けて欲しい」と、するとあまりに簡単に承諾して頂けた。「100万上乗せ」ということだ。2文字で100万円!しかも無税!実に良い商売だ。簡単に了承するわけだ。でネットで「戒名料金の相場」というのを調べてみた。相場の範囲内だったから驚きだ。そうしてみると我が家の浄土真宗お西は、結構良心的だったと、身をもって知った
10月21日(日)正露丸
木曜日に医者に行き、3日間薬を飲み続けた。薬が無くなったが、症状が全く良くならない。相変わらずおかゆとトイレ通いは変わらない。おかげでここ数日でまた体重が減った。今日は我慢出来ずに休日診療所に行った。もらっていた処方箋を見せて、症状を説明した。「ロペミンを3日飲みきったが、薬が全く効かない」と話したのに、「同じお薬を出しておきます」ときたもんだ。「ここは休日診療所ですから」私の身体に全く触れることもなく、あたりさわりの無い同じ薬を出してお茶を濁す姿勢にがっかりした。帰宅してから、「効かない薬」は止めて、正露丸を飲んだ。この匂いが何だが効きそうな気がするから不思議だ。結局一日伏せっていた。予定していた小谷旅行も取り止めになってしまった。残念!
10月22日(月)ミニカー
今朝も医者に行った。相変わらずの症状なのだ。ところが病院の待合い室は大入り満員。咳をしたり、熱が有りそうな人で一杯だ。後から来た親子連れが隣りに座った。1歳半くらいの男の子が、アンパンマンリュックから大切そうに出したのが、小さな箱3つ。そこからミニカーが出てきた。よせばいいのについ声をかけてしまった。「それはナーニ?」「ショベルカー」片言の返事だが、それだけで何やら親近感を持たれてしまったらしく、待合室での2時間ず〜っと相手をすることになってしまった。箱にしまったのを「お上手!」なんておだてたのがさらに追い打ちをかけた。失敗だった。
ドクターに症状を説明し、今度は抗生剤が出た。これで良くならないと大変だ!!!
10月19日(金)ゲネプロ
最悪の体調で、昼過ぎまで布団に伏せっていた。下痢が止まらないのだ。熱は下がったが、2日で1Kg体重が落ちて、身体に力が入らない。それでも午後、コンバスを抱えて練習をするが、すぐにくたびれて止めた。しかし今日はゲネプロで、やることは山ほどある。印刷したプログラム600部、看板、各種掲示物もみんな手元にあって、休む訳にもいかない。ヘロヘロのまま練習に出かけた。着くとすぐトイレに駆け込む始末だ。中休みもトイレ、終了後もトイレ。それにしてもシューベルトのグレイトは長い曲だ。1時間以上もかかるが後半は目が霞んできて、音も霞むしかなかった。明日は本番!どうなる事やら
10月20日(土)都筑オケ22回定演
今日はオケの定演本番だ。9時前に都筑公会堂に入り、看板設営・掲示物設置・テーブル設置と孤軍奮闘した。しかし「今日はお客さんの入りは良くないのだろうなあ」と案じられた。チラシはほとんど減らなかったし、いつもアートナビを見てかかってくる電話が一本も無かった。さらに手元にチケットが300枚も残っている。売店で売れたチケットがたった21枚!アチャー!!結果はやはり予想通り客席はガラガラだった。演奏はそれなりに熱っぽく弾いたものの、シルビアの終盤やグレイトの4楽章は難しすぎた。得意のカスミッシモオンパレードだった。あいにくの体調で、予備のパンツを隠し持ち、頻繁にトイレに通いながらの一日だったが、無事に済んだのが私としては、演奏よりも何よりだった
10月17日(水)反町ケアプラザ
朝6時に畑に出た。ショウガ畑が雑草に支配されているので、Sさんに申し出て草取りをさせてもらった。花トピアの駐車場で雑草のひどい様子を見てしまったのだ。今日だけで終わらなかった。明日もやるか。10時頃ギターを担いで出かけた。行き先は「反町ケアプラザ」で、演奏会なのだ。いつもはディサービスの方達だが、今日は違うらしい。介護保険の対象者でなく、近隣の元気な高齢者の集まりらしい。真剣な聴き方で、こちらも結構真剣にならざるを得ない。約1時間弾いてきた。夜はオケの練習日だ。今度の土曜日が本番なので大変だ。本当はギターを弾いている場合ではない。
10月18日(木)37.7℃
ここ数日、体調が思わしくない。先週が激動の1週間だったので「疲れ」だと思っていた。今朝は雨を良い事に、農作業をさぼった。しかしますますひどいことになった。下痢がひどいのだ。それで午前中、医者に行った。体温を測って驚いた。37.7℃あった。だるいわけだ。薬を飲んで、午後からシルバーアンサンブルに出かけた。セコバイのSさんが風邪で欠席がわかっていたので、ベートーヴェンの弦楽トリオ曲第1番OP.3をやることになっていたのだ。こんなチャンスは滅多にない。それでメンバーには「体調不良」をふせて弾いた。大好きな初見演奏だったが、実に名曲だった。3楽章まで通してから1楽章を重点的に弾いた。終わってから事情を話して、いつものコメダに行かずに帰って来た
10月15日(月)浦和
午前中に大きなテレビを、リサイクルショップに運んだ。室内が荷物で一杯になり、古いテレビを処分した。先日「TVを2000円で引き取るよ」というオジサンを信じて持って行った。今日はおばさんが「消費税ね」と言って、100円をポッケに入れた。「やるなあ…!」午後から浦和まで車をとばした。東名〜大橋JCT〜南浦和というルートでお寺まで行った。従姉の戒名をつけてもらうのと、49日法要のお願いが目的だった。戒名のランク表を示され、きっちりと「金額を提示」された。何の躊躇もなく、商売のように値段を言われて、こちらも逆に気持ちよく承諾した。こちらとしては淡々と一つ一つすすめていくしかない。近くのホテルで浦和在住の親族とお茶をして、高齢の叔父さんに従姉の報告をした。帰りの高速は渋滞もなくスムーズで1時間弱で横浜に戻った。まだまだいろいろ仕事はあるのだが、明日の朝から、待ちに待った農作業の再開だ。
10月16日(火)農作業再開
朝6時に畑に出た。1週間ぶりに農作業の再開だ。昨日Sさんに伝えていたのだが、耕運機が用意されていて、大根畑に肥料を蒔いてから、耕運機で畝の修復と土寄せ作業に早速とりかかった。この前の台風と強風ですっかり痛めつけられた大根だが、堪え忍んだ連中はそれなりに逞しく育っていた。40m×18列の作業を済ませた後は、里芋畑の収穫作業に合流した。鎌で1列40mを刈り取るのが実に気持ち良い!柔らかい茎がスパッと切れるのだ。「鍬で掘ってみるかい!」というわけで、鍬を振り下ろす事になったが、結構大変だ。Sさんが1発で掘り起こすのを、私は5発6発と繰り返す。ハーハー喘ぎながら1列がやっとだった。明日の身体が思いやられるが、症状が出るのは明後日かもしれない。午後から従姉がお世話になった施設に挨拶に出かけた。本当に良い施設に巡り会えて、救われた思いだ。感謝してもしきれない。そうな思いを込めてお礼をしてきた。
10月13日(土)遺骨
我が家は大変な事態になっている。足の踏み場もない状態で、積み上げられた荷物、グッツが山積みになっている。何とかしなければならないのだが、そこに新たにスペースを作って従姉の居場所を作った。白木の遺骨、位牌、遺影、燭台、オリン、線香立てを並べた。49日に浦和のお墓に行くまでの間は、ここで我慢してもらうしかない。まさか本人もここに来るなんて考えもしなかったろうに、ひっきりなしに線香をたいて手を合わせている。実は今夜は、ギターの演奏会出演なので、朝からドボルザーク「アメリカ」とA.マルチェロのオーボエコンチェルトの練習に励んだ。このところの練習不足を取り戻そうと躍起になったが、これを「泥縄」という
10月14日(日)TWINS展撤収
昨夜はプルトギターの演奏会で、弾いてきた。ギターカルテットでドボルザークのアメリカを全楽章弾いた。熱のこもった演奏になったが、いろいろやらかし悔いが残る演奏になった。ギターカルテットは継続していくことで気持ちが一致したのが何よりだ。今日はTWINS展の最終日で撤収にでかけた。何と250人ほど見に来て頂いたらしい。古い友人、戦友、海外からも来てくれたらしい。中華料理店での打ちあげで、おおいに盛りあっがった。この一族の絆はこのTWINS展を契機にさらに強まったようだ。これも伯父達が残してくれた宝物だ。
10月11日(木)お通夜
今日は従姉のお通夜だった。16時から葬斎場で打ち合わせだったが、驚いたことに供花が34も並んだ。宝塚の関係と会社の関係が中心だが、故人の人柄がなせる技だろうか。寂しいといけないかと、やや豪華なバージョンを選択したが、そんな必要はなかった。両側に並んだ派手な供花がもり立ててくれていた。さながら宝塚の同期会・同窓会といった感じでお清め所で大きな輪が2つ出来て、盛り上がっていた。やはり従姉の人柄が、友を集めるのだろうか。それにしても親戚よりはるかに強い絆で結ばれた集団のようだ。明日は早い、今日は早く寝よう
10月12日(金)稲刈り
従姉の葬儀が滞りなく終わった。久保山火葬場まで行きたいという友人が増えて34人になったが、賑やかに大勢に収骨して頂き、一人身だった従姉も「ありがとう」くらいは言っているのだろう。我々も責任を果たしたというか、一つやり終えてほっとした。遺骨を抱いて白山町に帰ってくると、Hさんの田んぼで稲刈りの真っ最中だった。ここ何年も稲刈りを見逃してきただけに、車を止めて撮影をした。昔ながらの鎌で刈っているのが何とも郷愁を感じるのだ。またボチボチ農作業の再開をしなければいけないが、いつからできるかなあ。まだ残務処理がいろいろあるのだ。
10月9日(火)打ち合わせ
今朝、5:45に電話を入れた。先日のリベンジで稲を運び脱穀をする予定になっていたのだが、従姉の件で出来なくなった事を伝えた。8時にはトウッティの練習欠席を伝えた。演奏会が近いのに音楽活動は休止だ。10時に新横浜の葬斎場に打ち合わせに出かけ、以前に”予約”した内容の確認と変更をし、通夜・告別式の日時を決めてきた。何とか演奏会の土曜日はセーフになった。従姉をきれいな花いっぱいで送ろうとM氏の希望をすべて取り入れた。訃報を関係者に送り一息ついた。まだまだこれからだがほんの一息だ
10月10日(水)撤収
我が家は今、大変な状況になっている。玄関の上がりがまちには従姉の所から撤収した物が積み重ねられている。コントラバスも通行不能かという状況だ。午前中に銀行に出かけ、定演の費用や、葬儀の費用を準備した。午後から施設に出かけ従姉の部屋に残していた大物の撤収をした。50cm×190cmの机、車椅子用の机、戸棚、高級折りたたみ椅子2脚、高級椅子2脚、丸椅子2脚を車に積み込み、リサイクルショップに運んだ。高級なだけに「金は要らない引き取れ」と言ったが「費用2千円」と逆に取られた。商売とはいえ、大したものだ。
10月7日(日)お礼状印刷
今朝、農作業の身支度をして玄関を出るとシトシトと雨が降っていた。実は今日は新治の田んぼから稲を運んで、脱穀作業をやることになっていて、楽しみにしていた。雨で稲が濡れたら完全に中止だ。2〜3日また乾燥を待つことになる。というわけで、今日の農作業はお休みになった。それで朝6時から、お礼状の追加印刷を始めた。表側?に双子の伯父の写真を全面印刷、ピンクのThank Youと入れた文字があたかも2人が叫んでいるかのようだ。裏側(宛名側)にお礼の文面を入れたが郵便番号の赤い枠や切手の枠をきっちり外して印刷した。350枚印刷すると6色のインクが次々に無くなり、交換を余儀なくされる。午後から、吉田町の早川画材店に、頼んでいた額装2点を取りに行った。野毛は人でごった返し、車両通行止め!何事かと思ったら、大道芸だった。裏通りを抜けて辿りつき事なきを得た。その足で従姉の施設に行った。明日はTWINS展の準備日なので、従姉にはもう少し頑張ってもらいたいとお願いしてきた
10月8日(月)訃報
今朝、日の出と共に農作業をしてから、9時に従姉の施設に寄り、顔を見てから、元町に繰り出した。TWINS栄&亀生涯展の準備だったのだ。予想通り大騒ぎでやり、何と終了して解散したのが夜8時近くなっていた。「いよいよ明日からだ」とほっとしてファミレスで食事をしているところに、従姉の施設から連絡が入った。「すぐ来てほしい」と、駆けつけたが、残念ながら間に合わなかった。朝、会いに行ったのが最後の別れになってしまった。脳の悪性リンパ腫で、昨年3月に余命6ヶ月と言われていた。その9月が来てから、さらに1年頑張り、もう10月に入っていたのだから、本当によく頑張っていた。そして施設のスタッフも献身的によくやって頂いた。毎日頭が下がる思いだった。さて感傷的にばかりなっていられない、これから葬儀の準備なのだから
10月5日(金)ネギアレルギー
子どもの頃からネギが好きだった。御飯の上に刻んだネギをのせて、醤油をかけて食べるなんて事をよくやった覚えがある。このところ大好きなネギの収穫作業をよくやっているのだが、あることを発見した。どうやらネギの「アレルギー」反応が出るのだ。ネギの作業をやった後に必ず赤いブツブツがでるのだ。かゆくて溜まらない。考えてみれば農作業の初日にひどいブツブツが出て医者に行った。「毛虫さされ」と薮医者は言ったが、あれもネギ畑の草取りだった。大好きなネギだというのに、困ったものだ。あと44列もの作業が待っているのに……
10月6日(土)神奈川新聞
今朝も日の出と共に畑に出た。郵便受けで神奈川新聞を見たら、「ぬくもり」というコラムにTWINS〜栄&亀 生涯展の事が記事になって掲載されていた。アッチャンが満面の笑みで写真に写っていた。普通の個展や、グループ展でそんな記事になることは無いが、伯父達の人間的な魅力や、今回のTWINS展に関わる親族一同の関わり方がやはり面白いのだろう。作品の数々は確かに惹きつけられる魅力はあるが、今回のは伯父達の「人生そのもの」「人間味溢れた魅力」が”展示される”のだと理解している。このところ我が家でも準備作業が続き、手鏡や耳かきが箱額に納まったり、3枚綴りの絵や2枚綴りの絵が立派に額装された。2人の笑顔もお礼状におさまり、印刷が出来たし、会場に貼る「ご挨拶」も準備ができた。こうしてあちこちの家で分担した準備をやっているのだ
10月3日(水)コンバス
今朝も、日の出と共に畑に出た。ジャガイモ畑の草取りを約2時間半やったところで雨が降りだしたので引き上げた。午前中、従姉の施設に会いに出かけたが、いきなり「昨夜から今日にかけて呼吸状態が悪くなっています」とケアマネに耳打ちされた。部屋に行くと、宝塚同期のお友達が2人見舞いに来ていた。その一人が娘役トップのOさんだった。友達というのはありがたいものだ。いよいよかと感じているのか涙を浮かべて帰られた。午後から、コンバスの練習に没頭した。シルビアの最終楽章に難しい所があって、繰り返しさらう。グレイトの難所もやはり最終楽章だ。夜はオケの練習に出かけた。緊急の電話が入るのでは?とヒヤヒヤしながらの練習だったが、いつもよりはしっかり弾けた気がするから不思議だ。もっとも難しい例の所は弾けていないのだが…
10月4日(木)印刷
今朝は風が強くて、怪しい雲行きだった。17号台風で持ちこたえた三浦大根も、昨夜の強風で相当なダメージを受けていた。ジャガイモ畑の草取りを始めると雨が降りだしたが、すぐ上がるだろうと作業を続けた。するとお日様が照りだして西の空にきれいな虹が出た。久々に見る虹の架け橋に「やめなくて良かった!」と何か特をした思いだ。11時に都筑区民活動センターに出かけた。都筑オケの第22回定演が近くなり、プログラムの印刷を頼まれたのだ。使い慣れた「リソグラフ」を操作して、600枚の裏表印刷、さらに「折りっこ」で2つ折りにしてあっという間に完成だ。これは前回まで私が担当していたが、係が色々チェンジした。「チェンジ」というのは良いものだと思わされる。プログラムのできが素晴らしくて、実にお洒落な感じがする。それにしても、最新のリソグラフは実に高性能だと思う。ここ何年かで、1枚の刷り損じも出ないのだ。しかも写真のハーフトーンも美しい。大した技術だ!
10月1日(月)草取り2
昨夜は台風の為に寝室の雨戸を全部閉め切って寝た。いつもは少し開けてあって、朝日の明かりがわかるのだが、今朝は真っ暗だったのでまだ夜中のつもりで寝ていた。気がついたのが6:30!寝坊してしまった。それで7時前に畑に出た。台風の影響で大根の葉が折れて飛んでいたり、白菜がちぎれていたり、多少被害が有ったようだが、予想よりは、野菜達も持ちこたえたようだ。今日もジャガイモ畑の草取りを約2時間半やり、1列目を終えて、2列目に進んだ。このペースではどうやら1週間で終わりそうにない。まあボチボチやるしかない。
10月2日(火)満月?
一昨日の台風で「大潮」と言っていたのでてっきりり満月だと思っていたら今朝5:30にまん丸い月が西の空で沈みかけていた。今夜の月例が16になっていたからほぼ満月だ。というわけで今朝は5:30に畑に出た。ジャガイモ畑で草取りをしていると、6時過ぎにSさんが現れて「ネギの収穫をやる」という。結局ネギの収穫から出荷の準備まで約3時間半働いた。午後から従姉の施設に出かけた。施設のドクターから呼び出しがあったのだ。「何があってもおかしくない状態」という話だった。実は先週からそういう判断をして覚悟を決めていた。今日は酸素が毎分3リッターに増えていたが、聞くとサチュレーションは91だという。いかにも厳しい状態だと素人でもわかる。実は今日は義父(妻の父)の命日で、2人でかなり意識した日だった。従姉は何とか持ちこたえてくれたが、夕方実家に寄って、仏壇に手を合わせてきた。