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小谷村A

チャッピー    幸せは谷戸をわたる風にのって
                         立木洋子 / 著

小谷に抱かれて 

 夏は決まって小谷へ
 宿の近くのブナ林が切り開かれた。樹齢何百年という木々が生い茂り陽も射さないような一帯だったが、凹凸のある自然の地形を生かした遊歩道ができた。小さな山菜園や花菖蒲の池、ところどころに森の精みたいな奇っ怪な木々が残してあっておもしろい。私たちが写生をしたり、昼寝をしている間、チャッピーは好き勝手に遊んでいた。そのうち「つまんないよー!」とそばにやって来ても相手にされないと、大好きなクローバーの茂みに伏せをしてコックリ、コックリ…、小さな目が糸の目になった。
 夏は決まって小谷へ出掛けた。わずか3日か4日過ごすだけなのに、その素晴らしい自然に身も心も癒された。高い空に目をやりながらブナやトチの森、草いきれの中に身をゆだねた。登山、池畔の散策、昼寝…、チャッピーもまた人とともに小谷の夏を楽しんだ。すっかり年寄り犬になってからも、ケージやレジャーシートを車に積み込む旅支度を見ると、すぐに小谷行きを察していた。近くのお出掛けでなく、あの涼しい小谷へまた行けるのだと、若い頃のいたずら顔にもどって笑っていた。
 休憩は津久井湖、中央道のSA、安曇野スイス村、中綱湖の4カ所。母とチャッピーに合わせたゆっくり旅。スイス村ではみんなでソフトクリームを食べた。日頃はお菓子など決してもらえないチャッピーの年に一度の無礼講だった。 

 チャッピー13歳の夏、犬連れのご夫婦と同宿した。犬好きどうし言葉を交わすうち、私たちもチャッピーの闘病を話した。何回も受けた手術のこと、絶望的なところまで悪化したのに犬だから悩まなかったらしいこと、食いしん坊だから生き延びたなどと…。そうしたら奥さんがチャッピーをなでながら話してくれた。なんでも辛い病気をようやく乗り越えたところで、同じように頑張って生きてきた。チャッピーにとても励まされたとのことだった。二日後一緒に写真を撮って別れた。その年の秋、チャッピー宛の手紙とともに立派な林檎が送られて来た。長野旅行のおみやげとのこと。[…、良かったね。」とチャッピーに説明した。「…(サクサクサクサク)」おいしそうに銀杏切りを食べていた。

 年をとって山に登れない日が来た。若い頃の韋駄天振りはどこへやら、そのうち鎌池一周の山道も厳しくなった。身のほどを心得ているのか、置いて行かれるのが分かっても上目づかいに見るだけで、「連れてって〜」というでもなかった。軽く繋がれた日陰に長々と寝て、高原の嵐を気持ち良さそうに受けていた。山も池も楽しむことができなくなったのに、それでもなんだか嬉しそうだった。一緒にいるときは、絵を描く私の足元や昼寝をする夫の傍らにくっついていた。普段はすっかり老け顔になったチャッピーなのに、とても爽やかな表情をしていた。草や木や澄んだ水、山から風とともに降りてくる何か優しいもの…、小谷に感じるそれらを、私たちより犬のほうがずっと強く受け止めていたのかもしれない。      次ページへ       

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つづく

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